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July 11, 2005

英語とゴダイゴ (2)

一昨日の続き。ただし英語の話は出てこないので、思いっきり「広告にイツワリあり」。最初に謝っておこ。ゴメン、許せ>JARO

 さて、話はいきなりゴダイゴ全盛期に戻るが、当時週刊誌ではプロデューサのジョニー野村氏が、「金に汚い」「強引すぎる」とバッシングの的となっていたらしい。子供だったので週刊誌はもちろん読んでなかったが、親からそういう話を聞いていた。だから子供心に「ゴダイゴが悪く言われるのは、このヒゲのオッサンのせいだ!」と、憎々しく思っていた。

 それから数年後、大学に入って音楽を始めてみると、部室でドラムを叩いてるオッサンがいる。どうやらOBらしいのだが、なぜか彼の顔に見覚えがある。しばらくは「どこかで見たような謎の汚いオッサン」だったのだが、誰かが「ジョニーさん」と呼びかけているのを聞いて、いきなり回路が繋がった。

 「じょ、ジョニーさんって、ジョニー野村!? ゴダイゴの!!??」

 まさしくその人だった。
 
 知り合ってみてよく分かった。日本にはあんな人はいない。
 ずば抜けた行動力。
 類を見ない突飛な発想力。
 常にドーピングしているかのようなハイテンション。
 甲高い声で自分の言いたいことをマシンガンのようにしゃべくりまくり、他人のペースなどお構いなしの超マイペース。
 さらに一種霊感を感じさせるようなおそろしいほどの洞察力あるいは千里眼。
 こういう輩の話を聞いていると、言ってることがホラなのかホントなのか、さっぱり分からない。こっちはただ目を白黒させて黙っているしかない。なるほど、こういうキャラは日本じゃ嫌われる。
 でも僕は大好きだった。
 
彼と知り合って、あこがれ続けたゴダイゴが近づいた。裏話もいろいろきけた。元々ウソかホントか分からん上に、又聞きの話も多いので、さらに真偽は不明だが、例えばこんな話を聞いた。

 ゴダイゴがメンバー5人のバンドだったというよりも、むしろジョニー野村氏のワンマンバンドに近いものだったこと(ゴダイゴというオーケストラを、ジョニー野村という指揮者が率いていたというイメージに近いようだ)。

 また、野村氏曰く「ミッキー(ミッキー吉野氏:キーボード)は一晩で一曲しか書けないから、プロ失格だ。タケ(タケカワユキヒデ氏:ヴォーカル)は書いて来いと言えば、一晩で10曲、20曲書いてくる。アイツはプロだ」と、僕ら音楽仲間の評価とはまるっきり反対だったこと。

 あるいは僕ら音楽仲間の尊敬を一身に集めていた吉野氏の斬新なアレンジは、実はそのアイディアも多くは野村氏のものだったこと(今聴きかえしても「Monkey Magic」のアレンジは驚愕ものだが、あれも実はアレンジの原案はジョニー野村氏がジャズからパクッて来たものだそうだ)。

 今では常識になっている主題歌やCMソングで音をばら撒くというマーケティングを、なんと1970年代に最初にやったバンドだということ。

 あるいは最初から世界戦略構想のもとに作ったバンドで(あえて繰り返すが1970年代!)、本当は最初から米国でデビューさせるはずだったのが、間違って日本で売れてしまって米国進出の時期を逃してしまったこと(シルクロードをやったのは、その代替案的意味合いがあったらしい)。

 野村氏の戦略は日本の音楽シーンの15年先、20年先を行っていたようだ。ゴダイゴは明らかに「早すぎた実験」だった。少なくとも、野村氏もメンバーたちも、あのようなアイドル扱いされるバンドだとは思っていなかったようで、あの売れ方は完全な誤算だったようだ。

 週刊誌のバッシングも、「ポッと出の新人アイドル」ととらえる周囲と、「日本マーケットなんぞ屁とも思っていない、世界No.1を目指す大物アーティスト」と考えている野村氏の認識のずれを思えば、まぁ当然だったのだろう。

そんな感じで色々面白い話はあった。
 そんな中でも超飛びっきりの裏話をご紹介しよう。野村氏のいうことだから、ウソかホントか知らない(でも個人的には、まぁ事実にかなり近いのだろうと思っている)。


 ゴダイゴ初期に、野村氏がドラマーを探していたときのこと。
 元ファンならご存知の通り、デビュー時の初代ドラマーはギタリスト浅野氏の弟だったのだが、その直後に交代している。経緯を詳しくきいたことはないが、どうせ野村氏のことだ、彼の一存でクビにしてしまったのだろう。その辺は容赦の無い人だ。特に野村氏自身がドラマーなので、ベースやドラムなどのリズムセクションにはうるさい。

 ともかく野村氏は代わりのドラマーを物色した。彼はもともと米国ジャズ界でプロモータとして活躍していたとかで、日本国内よりもむしろ米国のミュージシャンの方にコネクションが強かったようだ。
 最終的には米国からトミー・シュナイダーを連れてくるわけだが、実は最終候補に残っていたもう一人のドラマーというのが、なんとなんとスティーヴ・ガッドだったというのだ! もう一回言うぞ、聞き逃すんじゃないぞ、ス テ ィ ー ヴ ・ ガ ッ ド !

 スティーヴ・ガッドとトミー・シュナイダー、どちらも超絶に巧いのだが、全然タイプが違う。どちらにするか迷っているうちに、

 「チック(もちろんチック・コリアのこと)にスティーヴを取られっちまったんだよなぁ。で、しょーがねぇからトミー連れてきたんだよ」

のだそうだ。
 信じられる?
 
 あ、スティーヴ・ガッドをご存じない方には、ちょっと分からないか。80年代の音楽シーンを変えたとさえ言われる、当時のNo.1ドラマーで、当時の米国の音楽を聴けば、ジャンルを問わずそこら中に彼のドラミングが入っているし、そもそもあの時代は世の中のドラマーが皆(プロも含む)こぞってガッドの真似をしていたようなもんだった。ギターで言えばジミヘンやエディ・ヴァン・ヘイレン、ベースでいえばジャコ、それくらいの影響力を持ったカリスマだった。いや、今でもその影響は計り知れない。

 ともかく「世界のガッド」が、ゴダイゴのドラマーに収まっていたかもしれないなんて、聞いたときは耳を疑った。
 でもそれが実現していたら、ガッドは極東で埋もれてしまって、そのドラミングが世界で愛されることはなかったのだろう。逆に1981年のサイモン&ガーファンクルのセントラル・パーク・コンサートで「50 ways to leave your lover」を叩いたのは、トミー・シュナイダーになっていたのかもしれない(笑)

 ただし重ねて言うが、あくまでも野村氏の話なので、とりあえず眉に唾つけときましょう。どこまでホントなのか、僕らもよく分かってない(笑)

 ま、ゴダイゴっていうのは、そういうバンドだったわけだ。野村氏と知り合って、ますますファンになった。
 でも野村氏の存在を抜きにしても、今でもあのバンドは大好き。音はさすがに古くて今聞くと「変な音作りだな」と思っちゃうけど、曲作りやアレンジは今でもすごいと思う。本当に最初から米国デビューしてれば、きっとTOTOとトップチャートを二分するバンドになったんじゃないかと思ってる。

先月6月27日(オリジナル版)で、僕らが四六時中リズム談義ばかりやってたと書いたが、実はこれだって明らかに野村氏の影響。彼の持っていたリズムメソッドは、当時の日本ではきわめて斬新だったはず。僕らはずいぶんと恵まれた環境で音楽をやっていた。
 でも、なぜか野村氏の薫陶を受けた連中は、ほとんどプロになっていない。ウチのクラブからプロになったヤツのほとんどは、野村氏とはあまり縁のなかった連中だ。
 何でだろ?
 
さて、ゴダイゴがらみの話はここまで。こっからは、僕個人の思い出。
 野村氏といえば、すごく良い思い出がある。
 例のごとくたまたま部室で野村氏と顔をあわせて、成り行きでジャムセッションを始めた。そしたら彼が言った。

 「おいRyu、お前やるじゃないか。よし、バンドやろう。オレも久しぶりに叩くぞ。半年待て。業界で通用するようにタイコ練習しなおしてくる(なんと、自らプロ復帰する気になりやがったぞ、このオッサン!)。
 その間にお前は、この練習をしとけ(ゲ、こんなのできねぇよ)。そしたら、世界最強になる。アメリカ人ギタリストなんか目じゃねぇ(当たり前だよ、こんなの出来たら人間じゃないってば!)。
 CD出すぞ。ニューヨーク行くぞ。ゴダイゴのときは日本で売り出したのが間違いだった。最初からアメリカ行こう(マ、マヂか、このオヤジ!?)
 ベースは、まぁ誰でも良いわ、適当に探しておけ、お、コイツでも良いぞ(と、まだ使いモノにならない一年坊主を指差す。オイオイ、コラコラ)」

 音楽やってて一番嬉しい出来事の一つだった。お世辞なんて言う人じゃなかったので、これはすごく励みと自信になった。
 もちろん、言った端から忘れていく野村氏のこと、そのバンドは実現しなかったことは言うまでもない(笑)
 僕自身も結局音楽ではプロにならなかったから、彼とのセッションはあれっきり。

もう一つ忘れられない思い出がある。
 上記の話から数年後、たしか今から10年くらい前のことだ。音楽をあきらめた僕は、柄にもなくネクタイ締めて法律関係の仕事をやってた。その手の人間のお約束で、資格もいちおう目指した(ということになってる)。
 でも正直いってその生活に疲れ、田舎暮らしにシフトしたいと考えていた。でも臆病者の僕は、勉強を止めて事務所を去る決心がつかずに、焦燥感に身をあぶられつつ、宙ぶらりんの毎日を送っていた。

 そんな頃に、大学の寮のアニヴァーサリーパーティがあった(何十周年だったか忘れたが)。同じ寮出身なので、ここで僕は野村氏と数年ぶりに顔をあわせた。目があって「あ、ジョニーさん!」と声をかけようとした瞬間、頭ごなしに怒鳴られた。

 「お前何やってるんだ!」
 
 音楽を辞めたことを叱られたのかと思ったが、そうじゃなかった。
 
 「その覇気の無い目は何だ! お前今何やってるんだ!? 法律? 資格? そんなの納得してないんだろうが、え? 納得いくようにやれ!
 人間、三十代の十年間が勝負なんだぞ! お前、もうすぐ三十歳だろう! 今やりたい方面に行けば間に合う。三十代の十年間に必死にやれば一人前になれるし、四十歳のときに一人前になってれば大丈夫だ。一回一人前になれば、あとはたとえ方向転換したってやっていける。
 でも三十五歳から何か始めようと思っても、もう間に合わないし、そうなったら後はもう取り返しがつかないんだぞ。
 分かったか、気合入れて行け!!」
 
 「こんにちは」も「おひさしぶりです」も言うまもなく、いきなり甲高い声でこれだけの罵声を浴び、背中をド突き倒された。ニコヤカにではなく、スゴイ剣幕で。しかもパーティの席で。「頭ごなし」というより、もう「出会い頭のもらい事故」という感じ。

 でもやはり千里眼の噂はホントだった。ズバリ。しかも思ったことは遠慮会釈なしに口に出す。参った。グゥの音も出やしねぇ。

 僕がNZ移民に本気になったのも、NZに来てから死に物狂いで「プロ」になろうとしたのも、野村氏にいただいた、この「出会い頭の喝」がキッカケだったかもしれないなと、今にして思う。あの喝がなきゃ、今でも東京の片隅でくすぶってたかもしれない。
 あと二、三年で、彼の認めてくれるような「プロ」になれるかどうかは分からないけど。

 あれから一度も彼とは会ってないな……。

 ま、そういう「謎の人」だった。
 ゴダイゴは、そういう人が率いて迷走したバンドだった。
 『ニュージーランド絵日記生活』を読んでて、そんな記憶が一気によみがえった。

と、最初は『ニュージーランド絵日記生活』をご紹介しようと思って書き始めたエントリ、いつの間にかゴダイゴのことから、ジョニー野村氏の話、果ては思い出話にまで脱線しちまって結局二回の連載にまでなってしまった(^^;

 ヤレヤレ、あいかわらず脱線迷走大魔王だこと。ますますオリジナル版を読んでてくれたアウトドアファンの皆さんが離れていくな……。そろそろアウトドアネタやろう。

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2. ふたたびジョニー野村氏のこと  [ Ryu's Logbook 別冊 ]   March 17, 2007 07:15
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この記事へのコメント

1. Posted by うりかねぐん   July 11, 2005 14:06
5 どうもです。一部Ryuさんから聞いていたお話のディテールを日記で知ることになろうとは。
この間お会いしたときにも「あああいつ、何って言ったっけ、Ryuか。あいつはどうしてる?」とたずねられたので、「N.Z.でやりたいことを存分にやってます」と伝えておきました。
今度日本にくるときに彼に会えるといいですね。相変わらず神出鬼没なので、いいめぐり合わせがありますように。
2. Posted by うりかねぐん   July 11, 2005 14:21
かく言う私は、卒業を間近に控えたころに「どうしてコンピュータ屋に行くんだ?お前はおもちゃ屋に向いているよ。」と言われました。どうして言うことを聞かなかったのか自分でも覚えていないのですが...
3. Posted by 川田通雄   July 11, 2005 14:44
ジョニーさん懐かしいですね。
昔々JFKの部室使ってたら窓から現れて私のベースを取り上げて「リズムっつうのはこう弾くんだ」って教えてくれたりしました。その時は「変なおっさんだな〜」ぐらいにしか思ってなかったのですが、後々になって自分で曲を作ったりバンドを真面目にやるようになって、その頃言われた事を思い出してナルホド、と思ったりもしました。当時全くの初心者だったんで、かなり的外れな事を聞いたりもしたと思うんですが、聞いたら何でも真面目に教えてくれました。今思えば大学も違えば部員でも無いのに凄いラッキーでしたね。もうチョイ真剣に楽器やってたら、もっと実り多かったとも思います。反省。
4. Posted by Ryu   July 11, 2005 19:29
>うりかねぐん
ブログに書き込んでくれたの、初めてじゃない?
いつもネタ使わせてもらったり、名前使わせてもらったり、どもです(笑)
今回も名前出そうかと思ったけど、嫌がるかと思って消したんよ。

それはともかく、ここに挙げたエピソードのうちいくつかは、うりかねぐんから聞いたものもあると思う。
僕がジョニーさんのバンドに誘われたときは、うりかねぐんは珍しくその場にいなかったけどね。

しかし、まだ気にかけて下さってたとは>ジョニーサン(感涙)

しかし(その2)、オモチャ屋ってのは、確かにまったくその通り。
今からでも間に合うんじゃね?
オモチャ屋やれば?




>川田
あ、やっぱり強制的に教えられたクチか(笑)
あの人の言うこと、ある程度知識と技術がないと分からないんだけど、分かる人だと、聞いた瞬間に目からうろこが100枚くらい落ちるんよね。
5. Posted by うりかねぐん   July 11, 2005 21:04
どもです。名前出してもらっても大丈夫ですよ>ryuさん。

うーん、今からおもちゃ企業に転職っつーのは無理っぽいですね...もはや不惑も近いし。彼のsuggestionは「ミッションクリティカルな仕事には就かないほうがいい」と後に解釈しました。外科医とかタクシードライバーとか原子力発電所とか。

川田氏の知人charleyがらみでかなり面白い話があるのですが、ここには書きにくいのでまたの機会に...
6. Posted by Ryu   July 11, 2005 21:12
オモチャ企業に転職じゃなくて、自分で事業起こせば?
きっと皆応援してくれるよ(笑)

Charlieの話、聞きたいなぁ。
メール頂戴。

7. Posted by やち   July 11, 2005 21:18
私がゴダイゴを好きだった時は、まさに彼らはアイドルという立場だったと思います。
それから、数年を経て(何十年・・・?)mixi友と言えども、少しでもお知り合いの人から、裏話?云々を聞けるなんて、世の中不思議というか、何がどうなるかわかったもんじゃねーな、ぐらい思ってしまいました。
何が何だかわからないけど、うれしいのでありがとうございます。ひゃひゃひゃ
8. Posted by TEZY   July 11, 2005 21:34
4 兄さん久しぶり★
ゴダイゴー!!
私は子供ながらに’この人たちはどこの国の人なんだろう?’っていつも疑問を抱き、一度も親には尋ねずー。
’飛んで、飛んで’が一日中、頭から離れないことに苦悩したのを想い出したよ(笑)
もうこんなに年月がたち、ニュージーのパートナーが堺まちゃあきをみて
’MONKEY MEN’’
と叫び、モンキーマジックを口ずさんでいるのを聞いて、まったく違う幼少時代をすごしている中でうれしい接点を見つけ、兄さんからまたこんな話聞けるなんて!人間出会うべき人にであうのですねー(涙)
じゃー、8月に帰国したら歌ってね。
モンキーマジック!
9. Posted by Ryu   July 12, 2005 18:56
>やちさん
>何がどうなるかわかったもんじゃねーな

まったくっすね(笑)
喜んでいただけたようで、こちらも嬉しゅう存じます、ハイ。


>TEZYさん
あ、NZでもやってたんですか!
西島(豪州)でもやってたのは知ってましたが、へぇぇぇ。

>じゃー、8月に帰国したら歌ってね。

う、歌は勘弁してくださいまし。
ギターだったら……、えっと、やっぱりもう弾けないかも(泣)

10. Posted by ありめか   March 28, 2006 21:16
はじめまして、突然書き込みしましてすみません。
私は10代の頃ゴダイゴのファンだった関係でジョニーと知り合って、親しくして貰っていたのですが、連絡先がわからなくなってしまい、ずっとジョニーに会いたくて探していました。
今日も検索していて、こちらにたどり着きました。
うりかねぐんさんの書き込みを見て、どうしても連絡を取りたくて書き込みしました。
メール頂けたらと思います。
どうかよろしくお願いします。
11. Posted by ぴょんち   May 20, 2007 19:30
お邪魔いたします。

Ryu様、この度はご訪問ありがとうございましたm(__)m

こちらにコメントをさせていただこうと思いつつ、気後れしてしまい…コメントが遅れまして失礼いたしました。

私は一度しかお目にかかったことがありませんが、ジョニーさんの太陽のような、嵐のようなパワーに圧倒されつつ、たくさんエネルギーをいただきました。

ご縁があったらまたお目にかかりたいような、怖いような…(笑)。

では今後ともどうぞよろしくお願いいたします〜m(__)m
12. Posted by Ryu   May 21, 2007 05:46
ぴょんちさん
こちらへの書き込み&拙ブログご紹介、ありがとうございました。

ジョニーさんの名前を検索してここにたどり着く人、いまだにかなり多いんです。
二、三日に一件はそういう検索がある感じ。
彼の人徳ですねぇ。
ま、怖いこともありますが(笑)

こちらこそよろしくお願いいたします。
13. Posted by Ryu   February 06, 2012 07:32
ちなみについ最近人づてに耳にしたところに寄ると、やっぱりジョニーさんは僕が音楽遣らないで法律関係の仕事をしていることに関して
「何やってるんだ!? お前は音楽やるしかないだろうが!」
と怒ったつもりだったそうです。

そっか、勝手に違う解釈してたなw
でも曲解して結果オーライ。
僕の性格は音楽業界には向いてない。

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オリジナルの『Ryu's Logbook』を、純粋な「航海日誌」にして、2005年7月以降は雑文をこっちに移しました。
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